もらとり庵 ゲストの小説

新しい朝に向かって

by 血笑

 夜のとばりが落ちた頃。 僕達はまだそこにいた。

「寒いですか?」
 そう言ってくれたのが嬉しくて、僕は思わず微笑んでしまう。彼女はそんな僕を見て同じようににっこりと微笑みを返してくれた。僕達はお互いの存在を確かめ合って。また、同じように笑い合った。






「なんか探し物……だろうな?」
「……はい」
 最初の出会いはゴミ捨て場だった。彼女はそこに捨てられているゴミの山に足を埋めて、そう質問した僕に当たり前のように応えを寄こした。

「それで? 何を探してるんだ?」
「人を探しています」
 思えば、人との付き合い等を考えないで生きてきた僕がなぜあそこで声をかけたのか。それが不思議でならなかった。ただ、身体の半分をゴミで汚した彼女を見て、何か彼女と話をしたかったのだろうと思っていた。



「どうかしましたか?」
 不安気な面持ちをする彼女。僕はなんでもないよと応えを返してひとつ寝返りをうった。彼女はそうですかと少し腑に落ちないという言葉を紡いで、僕の頬に手を乗せてきた。



 結局、ゴミ捨て山と格闘する彼女を最後まで見届けて。諦めたような顔でどこかに去ろうとするのを呼び止めたのは日もとうに暮れてしまってからだった。僕はとにかく彼女と話をしたくて、公園のベンチに座っている間は延々としゃべった。彼女はどこか遠くを見ているようだったが、それでも僕の言葉に相槌を打ち、質問には答えてくれた。街灯があたりを照らし、日の光が月の光と入れ替わってしばらく経ってから。彼女は静かに僕に聞いてきた。

「なぜ私にそんなことをお話しになるのでしょうか?」
 僕は自然に口から出た言葉に任せた。
「さあ、わからないよ」
 彼女はぱちくりと目を瞬かせ、そしてくすりと微笑んだ。その笑顔を見た瞬間。僕の次の言葉は決まってしまったようなものだった。

「これからどこに行くんだ?」
「はい、探し物が見つかる場所に」
「それは行けば見つかるものなのか?」
「はい、行かなくては探せません」
「それは、そんなに急いで探さなくてはいけないものなのか?」
「いいえ、もうどれだけの間探しているのかわかりません」

「それじゃ、少し僕に付き合ってくれないか?」
「ええ、構いませんよ」



 冷たい彼女の手。肌の温度は失われていくのだが、心の温度は逆に上がっていくようだった。僕は自然と彼女が置いた手に自分の手を乗せた。ゆっくりとお互いの温度が重なり、溶け合い、一つになっていくようだった。彼女は優しい笑顔を浮かべて僕を見下ろしている。膝枕をしてもらっている僕もきっと同じような笑顔だろう。視線と視線。手と手。わからないが、僕は今の瞬間がずっと続いてくれるように彼女の名を呼んだ。



 彼女はとうの昔に作られたロボットだと言った。そして、とうの昔にいらなくなったロボットだと言った。彼女のようなロボットが存在していたのは歴史上でも本当に短い間なのだろう。僕にはそんな知識なんかなかった。だから、最初は彼女が嘘をついているのだと思った。でも、それから数分後には、片腕をはずしてケーブルを覗かせている彼女を見せられた。
 不思議と驚かなかった。そしてもっと不思議なことに彼女がロボットだということに興味も畏怖も感じなかった。ただ、彼女が自分のことを僕に話してくれている。そのことで満足だった。


「そう言えばさ」
「……」
 彼女がロボットであるということを先に知ることができたのは幸いだった。帰路の途中で彼女は物言わぬ人形になってしまったのだから。それから僕は彼女を背負って家に帰った。そして、それからは延々と続く修理作業だった。彼女の表面を作っている材質はすでにこの時代では稀少価値となっており、幸いにしてボディへの傷はなかった。しかし、いくらコンピュータ知識があると言ってもどこにあるどこをどうすればどうなるかもわからない状態だったので、色々なところで診てもらったが全滅。手がりする掴むことなく徒労に終わった。

 そんな僕の所にある日、一人の老人が訪れてきた。丸眼鏡とどこか暖かい目をした白髪のじいさんだった。彼は彼女を見せてくれと言って、勝手に家にあがってきた。そして、しばらく彼女を見て黙っていた。別段、追い返すこともないだろう、なぜかその時はそう思った。しばらくしてその老人は一言だけ
「君にこの娘を任せたい」
 と、言った。僕はその声があまりに突然だった為か「わかりました」とだけしか応えることができなかった。それでもその返事に満足したのか。老人は数時間後びっくりするほどの道具を揃えて再び僕の家にやってきた。それから半日。朝日が差す頃だったろうか。老人はゆっくりと道具を片付けはじめた。僕が手伝おうとすると、
「いや、これはなるべく他の人には触って欲しくないんですよ」
とやんわり断られた。道具を片付け終わった老人は、最後に僕に彼女を起こす為に必要な方法を教えてふらりとどこかへと消え去った。残されたのは読んでおいてくれと渡された膨大な量の紙と、これまた旧式のCDというものだった。ちゃんと再生する機械も置いていってくれたので読むことには苦労しなかった。だが、その中身を見た時。僕は涙を流さずにはいられなかった。

 それは彼女の見ていた記憶なのだろうか。彼女が「生きていた」時代の記憶なのだろうか。世の中には彼女のようなロボが溢れ。街は笑い顔で満たされ。そして、嬉しそうな彼女の顔が浮かんでくるようだった。


 しばらく、再生していたCDを突然止めた。見なくてはいけない、これから彼女が何を見たのかを見なくてはいけない。それはわかっていた。でも、僕にはそんなものは必要ないと思った。僕に「任せる」と言った老人はそんなことの為に僕に彼女を預けたわけではないと思った。



 その後、彼女を起こした僕は、その全てを見なかったことにして。彼女と一緒に暮らし始めたんだ……



「いつの日か…必ず会いましょう」
「?」
 彼女が詩を読むように言葉を紡いだ。と、同時に僕の顔に涙の雫が落ちてきた。ぽとり、ぽとりと落ちてくるそれは、彼女の心情を察するに十分だった。

「セリオ……」
 名を呼ばれて気がついたのか。セリオの涙の雫は止まった。
「申し訳ありません」
 そう言って笑った彼女にひどく心を打たれた。涙を流し、辛いことを胸に秘めて笑う。彼女のようなロボットを作った人を恨みたくなる。どうして彼女に心を持たせたのだろう。彼女がこうやって泣く程の辛さを持つのも。それを無理に隠そうとして笑うのも。全部、人間だからこそが持つべき「こころ」のはずだ。人間に似ているが人間じゃない彼女にそんなものを与えるなんて、なんて浅はかで愚かしい行為なのだろうか。

 いつの日か、必ず会いましょう

 それを言った人は、何を思って彼女にその言葉を伝えたのだろうか。もう一度会えると思って? 永遠の命を持つ彼女に対して、人間が言う言葉ではないだろう。もう、とっくにその人はこの世にはいない。この世にはいないというのをわかっていても。彼女は僕と会ったその日まで、再会を誓った人を探していたのだろうか。何年、何百年という日を探し歩いたのだろうか?



「セリオ」
「……はい」
 彼女の手はまだ僕の手と繋いだままだ。少しだけ、握る手に力が込もった。


「おかえりなさい」
 酷い言葉だったのかもしれない。もしかすれば彼女が存在する意味を失くすほどの言葉だったのかもしれない。でも、僕には、あの顔を見てしまった僕には、その言葉以外の言葉はなかった。


「………」
 ボロボロと涙が僕の顔に落ちてくる。セリオはまるで放心したように、ただ目から涙を流していた。その涙に今までの全てを込めるように。涙はしばらく止まることはなかった。

「セリオ」
「…はい」
 優しい声だった。だから僕も迷わなかった。

「僕と一緒に生きてくれ」
 そう言って、僕は彼女の頬を捕まえた。彼女は涙を一杯に溜めた目で
「はい」
 と、答え。そして、僕達は静かに唇を重ね合った。



 彼女を見た時。僕はもう彼女に惚れていたのかもしれない。
 ただ、彼女がここにいる限り。僕は彼女の帰る場所でありたい。
 と、そう願った……





END

Last Update : 2003/10/13