もらとり庵 ゲストの小説

ついにセリオがやってきた

by 血笑

 放課後。いい具合に広がる夕日を背中に校門を出た。授業の半分以上を寝てしまったというのにまだまだ眠気が足りない。きっと中途半端に寝たせいだ。でも明日は大丈夫。なんせ嫌い、苦手、苦手、嫌いと午前の授業が全てが睡眠時間に変わるからだ。さあて今日も夜更かしするとしよう。まあ、朝はあかりもいるし。とりあえず遅刻さえしなければ・・・・
「お待ちしておりました」
「お、おう」
「さ、行きましょう」
「え? どこに?」
「いいですから。ささ、急ぎましょう」
「お、おい、待て、手を繋ぐなっ」
「わかりました」
「うわっ、腕を掴むのはもっと反則反則っ」
 そんなことを言いながらも俺はこの少女に引かれて学校を出る。一日の大半は過ぎたはずだったがこれから長い、苦しい、険しい一日が始まるのだった。


「ふう」
「はぁはぁはぁ」
 肩で息をしないとやっとられん。あのままほとんど全力疾走に近い速度でいつもの公園まできたのだ。

「で、浩之様」
「ああ、タンマ。様はやめとけ」
「・・・・浩之ちゃん」
「殴るぞ」
「失礼しました。浩之さんとお呼びしましょう」
「そうしてくれセリオちゃん」
「・・・・」

「うわっ殴った。前振りなしでハンマーナックルは勘弁してくれよセリオ」
「了解しました。浩之ちゃん」
「・・・・しつこく突つくなセリオ」
「申し訳ありません。癖でして」
 絶対嘘だ。


 どちらが言うでもなく俺の家に入る。自分の家だと言うことで脱ぎ捨てる靴をセリオが自分の靴を並べるついでといった感じで横に揃えてくれた。なんつーか、結構こういうのは男からとしてはポイント高いと思う。
「お邪魔します」
「普通は家に入る時に言うもんだけどな」
「ええ、そうですね」
 全然悪びれたこともなくセリオは客間にあがった。仕方なく俺もあとに続く。
「で、もっかい聞こう」
「はい」
「なんでここまで走ってきたんだ?」
「・・・・」
 セリオは首を一度わざとらしく捻ってみせた。
「最初の質問はそれでよろしいのですか? 例えば私がここにきた理由とかは?」
「ああ、来たかったから来たんだろう? そんなこと聞いてどーすんだ?」
 セリオは先ほどとは逆方向(左)に首を捻ってみせた。
「やはり浩之さんの考えることはすごいですね」
 と、言ってにこりと笑ってみせた。
「あん? そうか?」
「そうですよ。例えばここに来たのは私があなたに会いたくて来たとしても?」
 少しセリオの頬が赤くなる。
「・・・・・セリオ。お前どっかおかしいのか?」
「あ、いえ、そんなこと、やっぱり・・・・」
「今更何言ってるんだってことだよ。会いたいから校門のところにいたんじゃないのか?」
 その当たり前過ぎてバカバカしく思えるような発言にセリオの顔がしょぼーんと暗く落ちこんだような気がした。気のせいだ、多分。
「本当に・・・すごい人」
「うん? 褒めてるの?」
「怒ってます」
 セリオは無表情ながらに睨むような視線を投げかけてくる。

 お互いに沈黙することしばし。
「あのさーセリオ」
「?」
「最初の質問にそろそろ答える気はできた〜?」
「あっ、そうでした」
 セリオは慌てたように立ち上がるとぺこりと頭を下げた。わからん、強制運動させられたと思ったら俺の家で笑ったり顔を赤くしたり怒ったり。あげくに今度は頭を下げられた。なんか悪い物でも食ったのか? いや、ロボットは食わないか。と、すると悪い潤滑油でも使ったか? ああ、でも人間と違って脳と身体はべっちゃもんだったか・・・
「あ、あの浩之さん」
「あーちょい待て」
「あ、はい」
「う〜ん・・・・」
「・・・・」
「セリオ」
「はい」
「茶でも入れるか?」
「いえ、飲めませんので」
「そうか」
「あ」
「ん?」
「私がお茶を入れて差し上げます」
「いや、俺はいらん」
「そうですか」
「・・・・」
「・・・・」

 更にしばし沈黙後、
「昨日は何の日か御分かりでしたか?」
「平日だ」
「・・・・」
 氷のような冷たい表情になるセリオ。
「えと、火曜日だな」
「いえ、そうではなく」
「ああ、そうか!」
 俺の言葉にうんうんセリオが頷く。
「わかってもらえましたか?」
「7時からの特番が・・・」

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜」
「知りません」
 ノーモーションで繰り出されたトーキックを食らって俺はソファーに仰け反ることになっていた。
「1月23日ですよ」
「おお!」
「え、わかりましたか?」
「なんと縁起が良さそうな日付だ」
「・・・・・」
「こんな日に誕生日の人間は友達も覚えておきやすくていいよなー」
「・・・・・」
「うん? 何か視線が痛いぞセリオ」
「・・・・・」
「うん? 何か右手が今にも俺を倒せと真っ赤に燃えてるぞ」
「・・・・・」
 突然、セリオの顔に緊張感が生まれたような気がする。今度は間違いない。かなり芝居掛かった動作で立ち上がりつかつかと俺との距離を離していく。
「浩之様」
「なんだよ」
「浩之様は綾香様をどう思ってらっしゃるのですか?」
「・・・・・・どうって」
 つーか、びしっと指をつきつけるのはやめなさい。
「綾香は葵ちゃんの大事な先輩。俺の友達」
 その言葉にセリオはがっくしと肩を落とし。へたりと座り込んだ。
「ちょい待てよ。綾香・・・・誕生日・・・・1月23日・・・・」




「私の誕生日は1月23日よ。覚えやすいんだから忘れないでしょ?」
「私の誕生日と近いので嬉しいです」
「そんなことで葵は喜べるの?」
「ええ、はい」
「何? 好恵だけ離れてるから羨ましいのかな?」
「ば、馬鹿っ。そんなわけ・・・ないだろう」
「あはははは。坂下は正直でいいなー」
「殴るぞ藤田っ」
「いや、もうすでに蹴られてますが・・・・」
「ま、誕生日だけじゃなく。ちゃんとプレゼントも忘れないでね」
「えーえーはいはい」
 以上、回想終わり。



「おう!」
 俺の慌てたようなびびったようなアドレナリンが分泌されたような声にセリオが遅いですよと呟く。
「そうだったそうだった。あいつの誕生日〜は、って昨日じゃん」
 まあ、そんなこと言っても仕方がないわい。なんせ俺の小遣いは葵ちゃんのプレゼントに全額注ぎ込んだからな。もう俺の今月の食費分しか残ってない。
「ま、まあ。来年もあるし。去年までは祝ってもなかったわけ・・・・・」
 そこまでいいかけてセリオが勢いよく立ち上がる。いや、飛び上がるっつー感じ。で、耳についてるオプションからアンテナだしてうんうん唸っていたりする。こっからみてると未来の携帯電話ってあんな感じかなとか思ってしまうぐらい便利そう。
「浩之様」
「様は止しとけ」
「わかりました。浩之ちゃん」
 グーパンチッ!

「・・・・あうー」
 ライダーキックっ!

「・・・・浩之さん」
「おう」
「逃げましょう」
 そう言って先ほどとまったく一緒な展開で家を出た。鍵をかけ忘れたと言うとアンテナをぴぴぴ。がちゃりと玄関のドアの音がした。いつのまにかリモコン操作で鍵が? つーかいつ俺の家のドアを改造したんだ?

「急ぎましょう」
「急ぎましょうって・・・」
 セリオはそう言いながらも辺りをきょろきょろと見回したりアンテナをぴぴぴとやっていたりして全然歩が進まない。しかし、なぜか身体はしっかりと俺の腕を抱いていたりするから恐ろしい。これはちょっと大きなリスとご主人様の散歩になるのか?
「行きましょう」
「ええ、ええ、どこへでも・・・」
 俺達は走り出した。



「さ、何を選んで差し上げましょうか?」
「・・・・・・」
 と、言うことで綾香への誕生日プレゼントを買うことになっていた。宝石店等を散々ハシゴしてきたが(もちろんその間はずっとセリオと腕組んで)、その全てを「あいつには合わないな」で拒否してきた。まあ、ぶっちゃけた話であいつに合うよりも先に俺の財布の中身に合わないだけなんだがな。
「それにしても沢山の人ですね」
「そうだな」
 夕暮れを過ぎていよいよと街は夜へと飲み込まれていく。道往く人も徐々に買い物袋を下げたおばさんから若いエネルギッシュなアベック達へと交代していく。
「あ、あれなんかどーですか?」
「・・・おまえは人の誕生日に数珠をプレゼントすんのか?」
「いえ、それの横です。ほらっ、今にも何かが出てきそうな」
 よりによって墓石ですか・・・・

 セリオは本当に嬉しそうだった。二人でこうやって街中を歩いている目的とは別に彼女を喜ばせているものがあるような気がしてならない。まあ、横でニコニコと微笑むかわいい女の子と腕組んで歩いてるんだ。悪い気はしない。
「セリオ」
「ええ、あ、あそこに入ってみませんか?」
「お、おう」
「わーい」
「だからそう急ぐな。急ぐなら腕を離せ」
 そう言うとシュンと落ち込んだようになる。なんだ? 俺の何にこいつは反応してるんだ?

「セリオー」
「わかってますよ」
「おお、そうか。どっかそろそろ・・・」
「ご飯ですね?」
「いや、違う」
「そうですねー。ちょっと待ってください」
 そう言って人目を憚らずアンテナぴぴぴ。つーか人の話聞いてねぇし,この女。

「セリオー」
「ええ、わかってます」
「いや、信用できん」
「わかってますよ。ですから、もう少しだけ、もう少しだけ、こうやって」
「・・・・まあ、いいけど」
「ありがとうございます」
 そうやって俺達は延々と街中を歩きまわった。行き交う人達に時にはぶつかりそうになりながら。綺麗な照明を眺めながら。路上で演じるパフォーマンスを足を止めてみたりしながら。



 空腹で少し目眩がしそうだった。おまけに後半からセリオがこっちに寄り添ってくるので余計に体力を消費していたような気がする。つーかした。今は一体何時だろうか? そんな時間よりもっと大事なものを忘れているわけではないが・・・・・
「セリオ?」
「・・・・・はい」
 熱っぽい顔でセリオを俺の顔を見上げてきた。頬を赤く染める彼女は本当に可愛いとこの時思った。
「そろそろ目的の物を買いに行こうか?」
「ええ、そうしたかったのですけど・・・・」
「うん?」
 突然、俺達を車のヘッドライトが捕らえる。眩しい光。その光から逃げるように位置を変える。いつのまにか懐にいたセリオはいない。
「時間が来てしまいました」
 俺のえ? という言葉とセリオが俺の頬にキスするのは同時だった。そのままセリオは背を向け一度もこっちを振り返ることもなくこの場走り去って行った。直後、クラクションの派手な大音響が響き渡った。




「で?」
「で?」
 俺はどーなったか。俺は半分殺されるという漫画だけの世界に足を踏み入れていた。足と腕に感覚はすでになく。脳味噌以外の器官はこの状況に悲鳴をあげていた。
「そろそろ・・・・しゃべってもいいか?」
「・・・・・3つだけ許してあげる」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・おい、藤田の奴寝たんじゃない?」
「水っ!」

「ぐはぁ、ごほっごほっ・・・・」
「おはよう浩之」
「もっ杯いこうか?」
「いや、いいです」
「よろしい」
 と、こういうわけで俺は綾香に気絶させられ気がつけばどっかの道場に監禁中。綾香と坂下が赤鬼と青鬼のごとく仁王立ちしており。まあ、俺は簡単な話で女子(おなご)二人相手に袋にされたわけである。我ながら情けない。
「藤田っ」
「・・・・はぁぃ」
「あんたは葵の純情を裏切った」
「・・・・誤解です」
「あんたのような外道はきっちり型にはめてやる必要がある」
「・・・・だから誤解です」
「申し分があるなら聞こう」
「・・・・だから誤・・・」
「問答無用!」
 だったら最初から聞かないでーん。

「好恵。こいつはあとで私が送ってくから」
「三途の川にでも送ってやりな」
「・・・・ひ、酷ぃ・・・・」
「それじゃ」
「うん。あ、あと葵には・・・」
「任せときな。あいつには黙っておいてやるよ。何よりもあいつの為だし」
「そうね。お願いね」
 ゆっくりと開いていた門が閉じていく。青鬼は去った。でもまだ赤鬼はいる。
「さて、すっかり調子こいてセリオと街中デートしてた浩之君」
「・・・・・・誤解」
「右手がいい? それとも左?」
 にこにこと右手のグーと左手のグーを交互に突き出す赤鬼様。

「最初はその顔を原型留めないくらいに殴る気だったけど」
 もう十分に重体だと思うんだけどねー。腹の中で囁いた。

「よくよく考えたらそれって私にとってもマイナスなのよね」
 ぺしぺしと手の甲で頬を叩かれる。味見か!? 物色か!? 鑑定中ですか!?
 ・・・・女は怖い。本気で怖い。
「だから、とりあえず腕にしとく。これだったらあんたも部活に出れないし一石二鳥でしょ?」
 ・・・・・女は恐い。本気で恐い。


 意識が戻った時。俺は場の雰囲気。匂い、で何となくではあるがここが自宅であると確信していた。頭は以外にも冴えていたが身体は全身痛みで悲鳴をあげている。右手、左手、かろうじてだが動く。良かった、壊されてないようだ。
「うん? 起きた?」
 すごく近いところで綾香の声を聞いた。先ほどまでの鬼のような気迫はない。いつもの綾香の声だ。
「ああ、起きた」
 言ったところで口の中が切れていることに気がつく。まあ、洗面所で顔みたら歯がなくなっていたりするかもしれない。舌で確認してみると以外に歯は飛んではないようだった。幸いである。

「で、本当のところはどーなの?」
「うん?」
 目蓋が開かなかった。でも場所は一階のソファーに寝ているんだろうと思っている。そして、綾香に膝枕をさせていることにも先ほど気がついた。
「私の誕生日」
 綾香にしてはとても落ち着きのない声だった。いつも常識はずれなことをやってのける彼女だからこそ、どこか女の子らしいものを見た気がして自然と笑みが浮かんでしまった。もちろん口の中は痛かった。
「やっぱり忘れてた?」
「・・・・うん」
 俺の言葉と首が在らぬ方向に曲がったのは同時だった。
「ごめん」
「・・・・・ふふ、正直ね」
「それに、気がついたのはセリオのおかげなんだ」
「・・・・・・・・そう」
「だからあいつに腹を立てないこと」
「むぅ」
「それから・・・・・」
「?」
「実はな」
「うん」
「プレゼントを買う金もなかったんだ。どーしようか悩んでいた」
「・・・・・・馬鹿ね」
「ああ、すまない。本当にぃ・・・」
 視界が暗くなる。綾香の髪が顔にかかる。綾香の唇が俺の唇に触れる。

「っと」
「・・・・・」
 ようやっと離してくれたのは結構時間が経ってからだ。
「これで終わり〜とか言うわけじゃないわよ」
「うわっ、待て。俺は葵ちゃんの・・・・」
 そこまで言いかけてまた綾香にキスされた。そして、俺は不覚にもそのキスで黙ってしまう。
「今週の日曜日は空けておくこと。いいわね?」
「・・・・・・・」
「返事は?」
「・・・・・・・わかった」
「よしっ!」
 見えなくても綾香の笑顔が浮かんでくる。あいつはきっと年相応にあった女の子の笑顔を浮かべているんだろう。こんな目に遭っても、こんな目にあわした人間が相手だというのにしても。綾香の笑顔を自分は好きだった。まあ、笑顔の似合わない女の子なんていないと思うけど。

「それじゃ、私は行くわ」
「できればベッドまで運んでもらえると助かる」
「運んで欲しいのね?」
「お、おう。頼むわ」
「OK。わかった」
「いやー悪いねー。でもよく考えたら女の子に抱っこしてもらうなんて恥ずかしいなー。な〜んて」

「んじゃお願いね」
「畏まりましてございます」
「……え?」
 一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。


「・・・・このような犬小屋に綾香様を無礼にも入れおって小僧」
 ノシノシと太く鍛え上げれた腕に抱かれている。
「・・・・・わかってたさー。わかってたともー」
 涙が出てくる。
「なんぞ申したか?」
「いんえー何にもございませぇーんよ」
 もう、どーでもよくなってくる。
「まったく、貴様は芹香お嬢様だけでは飽き足らず綾香お嬢様にも寄生しおってこの害虫がっ!」
「へーへー」
 もう、考えるのはよそう。
「聞いておるのか? お前は最近・・・・」
「・・・・・・し、死にたい」
 気がつけば長瀬の爺さんと二人で夜を明かしていた。俺の人生で災厄な一日はとりあえず終わることにする。





END

Last Update : 2003/10/13