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Re: 最近、衝動買いをしていませんか?

 ハルヒビ経由で。

仮説の域を出ませんが、コンシェルジュと呼べるほどの店員やサービスが、まだ日本には少ないというのが理由ではないかと思っています。

 現状としてはおおむね賛同できる分析。
 でも、“今はまだ少ない”という表現にはひっかかるものがある。なぜなら、昔それが存在していたことを知っている世代がまだまだ残っているから。
 それどころか私は、消費の停滞の大部分は“個人を相手にしたコーディネートスキル”、広義の「接客能力」が失われたことによるものだと信じている(もちろん戦略レベルの話ではなく、戦術レベルの話)。いわゆる中心市街地の空洞化とも密接に関係するが、バブル期の前半ぐらいまで「商店街」が成立できていた大きな理由は、(元記事の筆者の言葉を借りるならば)その“コンシェルジュ性”にあったからだ。
 たとえばブティックで、数ある商品の中からブラウスを買うとする。今の売り子なら、店内にある他の商品とのコーディネートを勧めることだろう。あるいは手持ちのワードローブを聞き出し、今回購入したものの活用を提案するかもしれない(最近はそれすらできないマネキンが増えてるんじゃないかと思うが)。いずれにせよ買い物は店の中で完結し、波及効果は店と顧客の間でしか広がらない。
 しかし、かつては同じ商店街の中で入手できる「他の店」の商品とも合わせることを勧めるという販促がごく当たり前に成立していたのだ。「○○宝飾店だったらこれに合わせるいいアクセサリを選んでくれるだろう」、あるいは「△△靴店で“□□系のコンビを選んで”と言えばOKですよ」など。もちろん「デキる」スタッフならば自分の店の商品と関係する他店の状況はキャッチアップしているから、客を店から送り出した後に「うちで☆☆を買った人が行くかもしれないから◎◎ベースで合わせてあげて」という連絡までする。同じ商店街に店を構える、名実ともに“ご近所さん同士”である店主同士だけでなく、スタッフレベルでも行われる連携である。
 そうした商店街内での連携は、雑誌がカタログからトータルコーディネート、ひいてはライフスタイルの提言にまで踏み込んでくる80年代の終盤まで実際に行われていた。顧客の情報を引き出し既存のワードローブや趣味の傾向ともマッチングさせるテクニックは、少なくともファッション関係の店舗においては必須のスキルだったともいえる。店にある物を売ればいいという話ではない。
 しかし時はバブルを迎える。店員が勉強して「客より賢い、客が知らないことを知っている」状態でなくても勝手に物が売れていく時代になると、店主含めた売り手側はコンサルティング能力を高める努力を放棄してしまう(中にはマーケティングすら放棄した放漫経営もあっただろう)。実際には消費の枠が拡大しすぎてキャッチアップできなくなっていったということもあるだろうが、高度成長期に子どもの世代を「三代目」として育てなかった(=ノウハウの伝達に無頓着だった)ことも大きい。90年代後半から顕在化した商店街における後継者問題は、その半分以上が「二代目がバブルで楽をし、三代目をサラリーマンとして育てた」という流れでおおむね説明できる。
 メディアや行政の舞台では大規模店舗の進出や長引く不況がやり玉に挙げられるが、かつて日本の商店街はいくつもの不況を乗り越えてきていた。多様な外的要因はあれど、致命傷を避けて生き残っていくために試すべき手法はまだまだ残されていたのだ。結局は「個店の商店主がやれること・やるべきことをやってこなかった」、「子どもに迷惑かけない程度に食えればいいと経営の持続に執心でなかった」ことが直接の原因だ。
 このように「売り手側がトータルコーディネートを提案できなきゃダメ」という考え方は昔から存在した。ただ、それは決してカタログ・パッケージ手法ではなく、信頼できる異業種プロダクトとのマッシュアップによって成立していたのだ。古くて新しいこの概念は、ウェブにおける一定の検証を経て再びマーケットに戻りつつある。
 これはあらゆる業種、あるいは公共も含めたあらゆるサービス主体、もしかしたら文明間競争においてすら共通しそうな概念だが、「もの」を授受するだけでは数の論理には決して立ち向かえない。すべての店や自治体や国が「圧倒的なサービス量」や「最廉価」や「最先端」「独自性」を用意できるわけではないのだ。
 「消費行動自体の楽しさ」という文脈が示す実態は、高度成長期からバブル~平成不況のなかでそれぞれ違う物をさしているように見えるけれど、その受け皿となる売り手側が取るべき対策は大きく変わっていない。顧客を文字通りCustomerとして捉え、(まず口に出しては言ってもらえない)本当に望んでいることを満たすよう努力することだ。そこには試行錯誤があって当然だし、顧客化の水準も決して「1かゼロ」というデジタルなものではない。特にパイの小さな個店事業主はそのことに注意するべきだし、繁盛している専門店にはかならずそれを理解した店主ないしはスタッフが存在するはずだ。
 幸い、現時点で大規模SCにおけるテナント間のマッシュアップはさほど実効をあげているようにみえない。中心市街地活性化が90年代終盤の大失敗を経て第二フェーズに突入した今こそ、40歳前後の若店主には「商店街をあげてのマッシュアップ」へ積極的に取り組んでもらいたいと思う。そしてそのためにも「市場分析」や「プロセス最適化」のような、マスを相手にした経済の文脈に振り回されないようにして欲しいと切に願う。
 街の魅力は「そこで一通り買える」ことにもあるけれど、それだけでは車で乗り付けられる郊外型SCには勝てない。街は店の集まりであると同時に、大多数の消費者にとって「非日常の舞台」であり、「属するコミュニティとは異なる相手とのコミュニケーションの場所」でもある。ハレの場所という文脈はかなり手垢が付いてしまったけれど、その再生を客や市民にも直接担わせようとした失敗は繰り返さないで欲しい。
 街に訪れる人は、やっぱりTreatして欲しいのですよ。

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