2001年6月24日は日曜日。

木の葉のスケッチ その2

 実はこの辺までは特に痛くないのですらすら書けたりするのだった。
 つーか、くどいようだがこんなもの書いとる場合ではない>わし


 気心の知れた人間と飲む酒は旨い。では、互いの性根の部分まで踏み込みながら、一方の打算で別れることになった昔の恋人と飲む酒はどうか。
 とても興味深い事例だが、それは他人事であるという前提に立った場合のことであり、自ら実地で検証なんてのは是非ともご遠慮したい。
 でも、向こうはそうでもないようだ。

「○○ちゃんって絶対潰れへんから好きやわ」
「君がいっつもリミットすれすれまで呑みようからや」

 自分あるいは友人の部屋で死ぬまで飲むのを基本路線としていた彼女と違い、僕は酒を家に持ち込まない人間だった。だからふたりで飲むのは大抵外でだったし、その後は僕の下宿で彼女を介抱するというのがおきまりのコースだった。

「んー、けどそれって信頼してるから飲めるんだよ」

 四杯目の冷酒に口をつけた彼女が、上目遣いのまま「にまーっ」と笑う。
 それぞれの性格分析をしてみて、その結果にお互いが納得したという過去を持つ間柄だ。この表情もきっと“信頼を裏切った前科”を思い出させる意図が十二分に込められているのだが、事実なだけに回避の手段がない。

「いっしょにお酒飲んでるときが一番幸せよ、ホント」

 さっきから、ずっと引っかかっている。
 口には出さない部分も含め、僕の思考はコンコースで出会ったときからずっと過去型だ。しかし、彼女の言葉は最初の呼びかけからずっと一貫して現在進行型である。今の“一番幸せ発言”にしても、久しく没交渉だった昔の恋人に向かって吐くものじゃないだろう。
 できれば、その謎というか意図だけは知っておきたかった。

「だから今日はきっちり飲むよ」
「ちょっと待て、そんなに付き合われへんぞ」
「えーっなんでー。それは冷たいんと違うん」
「ベンチで寝ろゆうんか。そっちのがよっぽど冷たいわ」

 不慣れな逃げ口上は墓穴となり、ついに恐れていた返事が返ってきた。

「何をいまさら遠慮してんの。君と僕の仲やんかー」

 “うふふ”と“いひひ”の中間あたりで糸目が揺れる。下ネタ系では彼女の方がいつも一枚上だったことを思い出し、内心頭を抱える。

「あ、ほれ。オレお前の部屋知らんやん。送ってきようがないわ」
「私ここの常連ですので。大将に聞けばちゃんと教えてくれます」

 退路は断ったぞ、とばかりに彼女が勝ち誇る。
 そう、僕はいつも負けてばかりだった。それを彼女は僕の気遣いだと誤解した。そのまま、お互い引っ込みの付かないところまで行ってしまった。
 “出会わなければよかった”という台詞でしか、切り離せなくなるまで。

 かつて僕は、彼女に『がんばれ』と言い続けていた。
 そうやってずっと、彼女を追いつめていた。
 そんな関係が何年も続いたこと自体が、異常だったのだ。
 今日の僕は、やさしくない。

「無いムネ張って威張ることかい」
「無いのが好きや、って言うた」

 掘った墓穴は、思い出さない方が幸せなぐらいの数かも知れない。
 僕はそのまま、自棄気味にアルコールの霧へと踏み込んでいった。どこまでも他人事のように思えてしまうのも、いつもの通りだった。


 この日記はほとんどフィクションであり、登場する人物・団体等は実在のものとあまり関係がないことにしておくと幸せになれます(主に私が)。

 ──だったらなぜ書く!?(;´Д`)