水際の泡沫たち その5

 一瞬、細波(さざなみ)が立った。おそらく、普通にしていたら見逃す程度の表情の揺れ。千絵はすぐに『ああ、そのこと』と他人事のようにとぼけてみせたが、わたしが目で促しているのに気付くと、ゆっくりと口を開いた。
「おこんないでよ」
 めずらしく、前置きをして千絵がしゃべり出す。

「あんたさ、三品先輩が辞めた後かなり無茶して仕事してたでしょ。まあ、今でもあまりペースは落ちてなさそうだけど」
「そうでもないわよ。最近はそれなりに手を抜くことも覚えたしね」

 半分は本当だ。少なくともイヤな仕事をしないようになった。ただ、これは単純に仕事を選べる立場に来たというだけのこと。仕事の内容については、自分でも“ここまでやる必要はない”というところまで手を入れてしまうことが多い。結局のところ、自分にはそういう進め方しかできないのだとあきらめてからも随分になる。
「まあ、それならいいんだけど。なんていうかさ、周りのみんなが萎縮しちゃわないかと思ってね」
「なんで? 仕事の進め方は個人の裁量だし、わたしは周りの人間にまで自分のやり方を押しつけたりはしてないわよ。……わかんないなあ、それが三品先輩とどう関係あるの」
 ちょっと膜の張りかけているホットミルクを、スプーンでかき混ぜて一気に飲み干した。

 本当はわかってる。
 千絵はしばらく真剣な目でわたしを見ていたが、『うん』と一言呟くと肩をすくめて微笑んだように見えた。
 『自分で判ってるんだったらこれ以上言わない』そう言っているように思えた。
 もちろん、わたしの勝手な思いこみ。でも今はこれでいい。

「じゃあ、そろそろ本題に入りますか」
「え?」

 一瞬何のことか判らず、ポカンと口を半開きにしたわたしを見て千絵が吹き出した。

「クックッ……あんたもねえ、そういう無防備なところを見せてあげれば、みんな安心するのに」
「もう可愛さで売れる歳でもないわよ」

 ぶっきらぼうに応えながらも、ようやく“本日のお題”を思い出した。千絵の立場を最大限に利用して入手した、最新社内情報を提供してもらうことになっていたのだった。

「新規部署が設立されるようね」