『絶対おかしいですよ! 金谷さんや、日下部さんだって……先輩の半分も実績上げてないじゃないですか! あの人達が主任になって、先輩がなれないなんて誰が見たって変です!』
三品亮子は大学の二年先輩だった。
サークルでよく構ってもらったこともあり、卒論で手一杯だった四年の夏にリクルーターとして彼女がゼミにやってきたときは、何も悩むことなくこの会社を受けることにした。
入社後偶然にも同じ部署に配属されてからは、仕事でもプライベートでも安心して相談できる、頼れる姉のような存在だった。
『カナちゃん、ダメよそんなこと言っちゃ。あいつらだって、あれで結構人望あるんだからさ』
『それとこれとは話が違います! 仕事を正当に評価されないんだったら、わたしたち何のために働いてるのかわかんないです!』
先輩は何も言わず、困ったように微笑むだけだった。
他の部署でも、同じようなことが起きているようだった。たまに同期の女の子で集まると、その話ばかり。
『森崎のバカ急に偉そうになっちゃってさ、相田さんとかにコピー取らせたりしてんのよ。どういう神経してんのかしら』
『なんかみんな先輩たちに話しづらそうなのよ。課長とかも変に意識しちゃってるみたい』
職階で自分が上に立ったからといって、いきなり笠に着るバカばかりでもない。同期の、そして上司の男達は“できる女”を明らかに扱いかねていた。
そして、三品先輩の退職が契機になった。
『これからどうするんですか』
『うん、わたし鍵っ子だったからさ。ちゃんとお母さんがいる家庭に憧れてたのよ。いい機会だし、辞めようと思う』
先輩の結婚相手は、サークルの同期でわたしもよく知っている人だった。以前からつきあっているのは知っていたが、結婚には至らないだろうというぼんやりとした予感があった。
そしてどうやらそれは単なるわたしの願望だったらしい。
──あの人のために、仕事を辞めるんですか
──ここで引き下がるのは、負けじゃないんですか
──悔しくないんですか
そこまでは、言えなかった。