コンサル@役所のひとりごと。

 例によって職場でまくし立てたあと、ふと「私ゃ彼らの部下でも同僚でもなく、当然のように上司でもないけれど、やっていることはいわゆるキラー上司と同じなのではないか」と思った。

 彼らなりに取り組もうとしていることに難癖をつけて、そういうことはやっちゃいけない、正しいのはこうだ、手を動かす前に頭を動かせ、わかっているならなぜ改めない、などと逃げ場所をひとつひとつ潰して追いつめているような構図。仮にもクライアント、しかも年長者相手にそれはないだろう。スタイルとして持っていた仕事の進め方と現状との乖離に我ながらアゼンとする。

 しばらく前に「○○さんって最後まで踏み込んでくる感じがないよね、別に悪い意味ではなくて」と言われたことがあった。そのときは、当時のギャラも念頭に置いて「そういうもんだと思ってください。みなさんに成し遂げていただくのが私の仕事なんで」みたいな流しかたをしたけど、自分でも気づかないところでカチンと来てたのかも知れない。

 確かにいまは少なからず『関わる限りは最後まできっちりできてもらわんと困る』気分になっている。でもやっぱり『真の変革を(上や外の権威に頼らず)中にいる人の頭と手で成し遂げてもらいたい』という考えに変わりはない。問題になっているのは、去年まで「うむ、そうあるべし」と応じてくれていたはずの人たちが軒並み迷走あるいは疲弊してしまっていること。脇から見ればその原因はまさしく変革しようとしている体制や組織そのものだと一目瞭然なのだが、彼らには“これから自分が戦おうとしている相手”と“いま自分を弱くしている相手”が同じ物なのだとは実感できていないのかもしれない。

 相手の力量や状況にあわせて柔軟に対応する、なんてことはコンサルとして当たり前に持っている技能だ。それなのに、不安定な立場の自分がいつまで関われるかわからないと思うだけで不思議と焦れる。この歳になってから仕事に熱くなれるなんて10年前には想像もしなかったが、ここしばらく続いている空回りを思うと、いま必要なのは強制的なクールダウンなのかも。